変体仮名の話(変態ではありません)

 当社の関係する団体の1つに「秋田姓氏家系研究会」という会があります。今年設立50周年を迎えるという、秋田の歴史関係団体では老舗といえるところです。会の名前から、よく「姓を研究する会」という誤解を招きがちですが、実際は「古文書の解読」を勉強することに力を入れている会です。 自分もこの会のメンバーで、古文書解読の勉強会にも5年以上参加しています。とはいえ、あまり熱心に勉強していないので、まだ簡単な古文書しか読めません。

 さて、先日ある高校の生徒会誌の編集をしていた時に、担当の先生から相談がありました。特集頁で修学旅行の今昔を取り上げているのですが、面白い資料が出てきたとのこと。 それは大正時代(当時は女学校)の先輩2人が書いた修学旅行の手記。とても貴重なものだと思うのですが、生徒さんが(実は先生も)読めないというのです。 拝見すると毛筆で書かれた手記で、漢字はきれいな楷書体で書かれていますから、旧字体ではありますが、何とか読めそうです。問題は仮名が草書体で、しかも変体仮名で書かれていることでした。

 ご存じのように、仮名はもともと漢字です。カタカナは漢字の一部を取り出したもの(例えば「伊」→「イ」、「江」→「エ」)、ひらがなは漢字を極端な草書体に崩したものが元になっています。カタカナは「あ」だったら「ア」の一種類しかないので楽なのですが、ひらがなの場合は同じ「あ」でも「安」(現在の「あ」の元)の他に、「阿」、「愛」、「悪」など何種類もあるのでややこしくなります。この、現在の「あいうえお~」以外の漢字を元にしたひらがなを「変体仮名」と呼んでいます。 よくお蕎麦屋さんの看板で「生そば」の「そば」が変な字で書かれているのを目にしますが、あの「そば」は「楚者」を崩した変体仮名なのです(ちなみに私たちが使っている「そば」の元の漢字は「曽波」です)。

 そんなわけで、変体仮名混じりで書かれた大正時代の文章が、今の高校生はおろか、先生にも読めなくなってしまったということなのです。幸い不真面目ながらサボらずに勉強会に通っていたおかげで、私は何とか読むことができましたので、おおまかな口語訳を作ってお渡しし、生徒会誌の特集に活かすことができました。

 ちょうど同じ時期に、昭和24年にある泌尿器科のお医者さんが書いた「売笑物語」という原稿を活字化して冊子にするというお仕事をしていました。「売笑」は「売春」と同じ意味ですが、決して興味本位の本ではなく、売春と性感染症の問題を論じた真面目な内容の本です。 この原文は、原稿用紙に万年筆で書かれていましたが、ここにも結構な数の変体仮名が使われていました。変体仮名の知識がない人には、読むことが困難だと思います。 昭和24年といえば、1949年。70年も経っていません。祖父母の世代が書いた文章を、今の私たちは満足に読むことすらできない、というのは少し悲しい気がします。